シンクロトロン光 (Synchrotron Light) とは、真空中で光速に近い速度で直進する電子が、その進行方向を変えられた際に発生する「光」のことです。
「光」というと、太陽や蛍光灯から発せられる目に見える光だけをイメージしますが、広い意味では、すべての電磁波スペクトルを指すものであり、波長によって、電波、赤外線、可視光線、紫外線、X線等といわれています。
シンクロトロン光は、電子の進行方向の変化の大きさによって、様々な波長の電磁波を取り出すことができ、赤外線から硬 X 線までの広い波長領域をカバーすることができます。
また、シンクロトロン光は、電子のエネルギーが高いため、同じ X 線を比較しても、その明るさは、医療用のレントゲンや CT 装置といった従来の装置から発生する X 線に比べて 10000 倍以上も明るくなります。
シンクロトロン光は、電子加速蓄積リングと呼ばれる加速器 (シンクロトロン) を用いて、電子をできるだけ光速に近い速度まで加速し、強力な電磁石で電子の進行方向を曲げることで発生させます。
こうして得られた光は、物質の分析、反応、解析などのための手段として、超微細加工、材料科学、地球科学、生命科学等の幅広い分野の研究に利用されており、将来的には医療への応用も期待されています。
従来の線源に比べ10000 倍以上の明るい光を発生させることができるため、従来では見えなかったものが見えるようになります。また、試料の分析に要する時間の大幅な短縮が可能です。
細く平行性の高い光の発生が容易です (例えば、当施設では30m 先でも5mm 程度の広がりでおさまる光を発生させることができます)。また、分光装置と組み合わせることによって波長分解能の高い実験を行うことが可能です。
特定の波長に限定されるレーザー光と異なり、赤外線から X 線までの広い波長範囲の光を取り出すことが可能です。適当な分光装置で必要に応じた光を選択できるため、多様な研究や実験が可能です。
ナノ秒 (10億分の1 秒) 単位の短い時間間隔で、次々と放出される光であるため、時間とともに変化する現象を研究することが可能です。
シンクロトロン光を物質に照射すると、シンクロトロン光の一部が吸収され、物質表面から電子や X 線が放出されたり、シンクロトロン光自身が物質により散乱や回折されたりするなど、様々な現象が起こります。物質表面から放出される電子を光電子、X線を蛍光 X 線と呼んでいます。
シンクロトロン光が引き起こすこのような現象は、材料科学・物質科学・分析科学・考古学・地球科学・宇宙科学・生命科学・医学などの様々な分野において、基礎研究から応用研究にわたって、さらには産業利用研究にまで広範な分野で利用されています。
SAGA-LSでは、シンクロトロン光が引き起こす、このような現象を利用した様々な研究手法を利用することができます。代表的な研究手法には、「XAFS」、「蛍光 X 線分析」、「光電子分光」、「 X 線回折」があります。
また、シンクロトロン光と物質との間に起こる相互作用を利用して、シンクロトロン光以外の光源では行うことのできなかった次世代半導体やマイクロマシンなどの微細加工の研究や新しい物質創生の研究も試みられています。
シリコン単結晶ブロック中の欠陥のトポグラフ像
IC チップの製造に使用されるシリコンウェハの元となるシリコン単結晶ブロックを引き上げ育成するときに、種子結晶と接触界面には熱応用力によって転位 (格子欠陥) が大量に発生します。これらの欠陥を結晶引き上げ過程で一時的に結晶を細くすることによって消滅させます。このような結晶技術が写真に明瞭に映し出されています。
(写真提供:九州工業大学・近浦教授)
XAFSはX線吸収微細構造の略称で、XANES(X線吸収端近傍構造)とEXAFS(広域X線吸収微細構造)に大別されます。シンクロトロン光を物質に照射すると、シンクロトロン光の一部が物質に吸収されます。物質に照射するシンクロトロン光のエネルギーを変化させて、シンクロトロン光の吸収率を測定すると、あるエネルギーで吸収率が急激に変化し、それより高エネルギー側に波打ち構造が観察されます。吸収率が急激に変化する部分を吸収端と呼び、元素により固有なエネルギーを持っています。鋭い構造を持つ吸収端近傍の吸収スペクトルはXANESと呼ばれ、この部分の解析から、物質中の特定元素の電子構造に関する情報が得られます。
また、吸収端から右側の緩やかな波打ち構造は EXAFS と呼ばれ、この部分の解析から、測定対象原子 (元素) の周囲の構造に関する情報が得られます。XAFSでは、規則正しい結晶からガラスのような規則構造を持たない物質や液体など測定対象を選ばないため、産業利用の様々な分野への適用が行われています。
物質にシンクロトロン光を照射すると、物質内の原子からX線が放出されます。これを蛍光X線と呼んでいます。蛍光 X 線のエネルギーは元素によって固有であるため、蛍光X線のエネルギー・スペクトルを測定し解析することにより、試料の元素分析を行うことができます。 蛍光X線分析法は、試料の前処理や調製を特に必要とせず、試料を破壊することなく分析できる非破壊分析法で、さらに微量元素分析が可能であること、などの利点があるため、その応用分野は、材料科学、環境科学、医学、生物学、考古学、科学鑑定など極めて多岐にわたっています。
物質にシンクロトロン光を照射すると物質表面から電子が放出されます。この電子を光電子と呼んでいます。光電子分光は、試料に真空紫外線や軟X線領域のシンクロトロン光を照射し、試料表面から放出される光電子の運動エネルギー分布 (光電子スペクトル) や放出角度分布などを測定し、物質表面及び内部の電子状態や化学結合状態などを調べる手法です。シンクロトロン光は輝度が高く、また、エネルギーを自由に選べるので、シンクロトロン光を用いた光電子分光では、従来の実験室型装置ではできなかった物質内部の電子構造の解明や、光電子顕微鏡などの開発が行われてきています。このように、光電子分光は先端材料やデバイス開発においてなくてはならない手法の一つになっています。
X 線領域のシンクロトロン光を結晶に照射すると、回折条件が満たされたとき、シンクロトロン光の回折がおきます。得られた回折線の位置や強度を解析することによって、結晶の構造に関する情報が得られます。結晶構造は物質の性質を決める最も基本的なものであり、これを知ることが材料開発の最初の重要な課題です。X 線回折法は、新物質創製、タンパク質結晶構造解析などの先端科学分野における重要な手法となっています。