随想

 

 

 ハードディスクドライブ(HDD)やソリッドステートドライブ(SSD)に保存されたデジタル情報は、アクセス機能により目的に応じて記録として取り出すことが出来る。年々デジタル情報の保存容量は増えアクセス速度も向上しており、当研究センターでも記録材料などに関する放射光を使った分析課題の難易度は高くなりつつある。また、膨大な量の記録はビッグデータとして新たな価値を生み出すことも良く知られている。
一方、脳の大脳皮質に保存された情報は、やはりアクセス機能により目的に応じて記憶として取り出すことが出来る(記憶を手繰る等)。その保存容量とアクセス速度は進化とともに変化して来たに違いない。また、脳内の膨大な量の記憶は脳ビッグデータとして新たな研究対象にもなっている。
前置きが長くなったが、上記のように目的に応じて記憶を手繰る場合とは違い、何かのきっかけでフト物事を思い出すことは無いだろうか。脳に保存された情報に無意識のうちにアクセスが行われ記憶が蘇った訳であろうが、その理由はあとで成程と分るといった塩梅である。ここでは、そのような記憶 〜想い出〜 の一つを書き記してみたいと思う。
新緑から濃緑色に変化した梅雨明けの山々と夏空は遠い記憶をフト蘇らせる。時間が止まったような感覚のなかで、ある部分にだけピントが合った風景が浮かんでくるのである。蝉時雨の中、仁王像を両側に配した山門を通り、寺の境内を子供の頃の私が父親と歩いている光景である。その日は叔父(父の弟)の菩提寺を参拝に訪れたのである。叔父は私が生まれる前に亡くなったが、子供心にもその存在が父にとって重いことが感じられた。

 菩提寺は奈良県葛城市にある當麻(たいま)寺であり、中将姫が一夜で蓮の糸で織ったという伝説の伝わる「当麻曼荼羅(国宝)」で知られる。寺の創建は7世紀後半と推定されている。曼荼羅は阿弥陀如来の西方極楽浄土を描いた図で、約4メートル四方の当麻曼荼羅は、実際には蓮の糸ではなく絹糸等で織られているそうである。 
父と私は少しひんやりとした本堂に上がり、住職の読経のあと寺務所で素麺をご馳走になった。叔父は昭和19年秋ビルマ(現ミャンマー)で戦死した。英国軍の砲弾が直撃し、何も残らなかったそうである。年若く妻子もいなかった。人の存在(実在感)はその人の想い出を持つ方が居なくなると実質的に世の中から無くなってしまう。三世代過ぎればほぼそうなるのではないか。父はその無常を感じて、子供の私を寺に同行させたに違いない。
先に記した”時間が止まったような感覚”は、未来に向かう日常の流れが想い出へと遡る流れに押し止められて生じたものであり、その中に忘れられようとしている人の存在を浮かび上がらせたのである。
あれから60年近くの歳月が過ぎた。近々、當麻寺を再訪しようと思っている。

2015年8月
 
 

 

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