産業界の研究開発:サイエンスに立ち帰るとは

皆さんは日常生活の中で写真あるいはビデオを撮って楽しんでいらっしゃる方も多いと思います。フィルムを使うカメラに使い慣れた人も、いまやデジタル・カメラ(デジカメ)に移行されて、その解像度の良さに満足されておられることでしょう。そこでは画像を記録するのに、フィルムではなく、CCD(電荷結合素子)などの半導体素子を使います。CCDは画像を扱うLSI(大規模集積回路)で、高度で精細な製造技術を駆使して作られます。

ところで、ソニーが世界で始めてCCDを用いたカラー・ビデオカメラの開発に成功し、商品化を発表したのは1978年3月のことです。私もソニー中央研究所時代に、このCCD開発プロジェクトに関わり、シリコン結晶およびプロセスの評価と結晶欠陥制御の研究に携わりました。40年前のことですが、30代の働きざかりで仲間と仕事に没頭したものです。昨年11月に当時の研究所長がお亡くなりになり、「偲ぶ会」の準備のお手伝いをしていることもあって、当時のことを想い出し「実用化研究とサイエンス(科学)」についての所感を述べて、皆さんの参考に供したいと思います。

CCDプロジェクトが始まった初期のころ(1974〜75)、カメラ開発グループで組み上げられたビデオカメラで撮影された画面には、被写体のほかに白線、白点といった画像欠陥が沢山映し出され、肝心の被写体がはっきりと分からないほどでした。私は材料解析研究グループに所属していましたが、CCD試作グループから入手した不良品を調べていくうちに、その画像欠陥が製作プロセスの熱酸化工程でシリコン結晶中に発生する積層欠陥(写真参照、正式にはフランク型転位ループと言います)が主な原因であることが分かってきました。

写真の説明:

シリコンの熱酸化積層欠陥の透過電子顕微鏡像。縞模様が積層欠陥、その端部が転位である。

そこで、シリコン結晶とウェーハ加工さらにはCCD製作プロセスの何が悪くて、どこを改善すれば良くなるのかを早急に解明し、対策をせよという指示が出されました。
当時、半導体事業部でもシリコンウェーハを開発していましたし、社外の専門メーカーもありました。そこで中央研究所・半導体事業部・シリコン結晶メーカーの三者で共同開発体制が敷かれ、毎月会合をもって試作品の評価結果を報告し合い、議論し、次にやることを決めて進めることになりました。会社の方針は、「何もかにも全部さらけ出して良いから早くやれ。相手方もそのつもりになってくれている」というものでした。

中央研究所には、当然のことながら現状のエンジニアリングを改善するために何をなすべきかという具体的な提案が求められました。所長に言われたことは、「サイエンスに立ち帰らなければ解決できない」ということでした。
サイエンスに立ち帰れといっても、誰も教えてくれる人はいません。当時の大学の先生方の関心事はもっと基礎的な結晶格子欠陥のサイエンスであって、私たちの求めるものとは全く違っていました。私たちは自分たちで考えて実験をし、結果を解析し、次の実験へと進めるという試行錯誤を繰り返しました。問題点を明らかにするために新しい評価技術の開発も必要でしたし、考案した結晶欠陥制御法を検証するために、試作ラインとは別に酸化炉を設置・管理する必要もありました。

全くいろんなことをやりました。結晶に含まれる微量の酸素濃度をコントロールしたシリコンを結晶メーカーに用意してもらい、酸素濃度と欠陥発生・伝播の関連性を突き止めたりしました。その結果を踏まえて、のちに事業部からは世界初の「磁場印加引上げ法」による高品質シリコン結晶が生まれ、CCD製造ラインに投入されました。ウェーハの加工についても、表面の微小なクラックが積層欠陥発生の原因であることが判明し、研磨液や加工条件を詳細に検討した結果、積層欠陥の発生頻度が小さいウェーハが、結晶メーカーからCCD試作グループへ供給されるようになりました。熱酸化工程の前に不活性ガスでアニールすると、欠陥密度が減ること、積層欠陥が完全転位ループに変換すると容易には除去できないことも突き止めました。

熱酸化工程で発生する積層欠陥や転位などの欠陥がなぜCCD特性に悪い影響を及ぼすかも検討しました。新たに表面にショットキー・ダイオード構造を作って走査型電子顕微鏡の電子線励起電流モードで調べる方法を開発し、積層欠陥の端部にある転位が電気的に影響をおよぼすこと、そこに金属原子がくっつくのが問題であるということが分かりました。このことは製作プロセスのクリーン化と金属原子が表面のデバイス領域に取りこまれないようにする不純物ゲッタリングが必要なことを示唆していました(菊池著:日本の半導体四〇年、中公新書第六章に書かれています)。私たちは、いろいろなゲッタリングの基礎実験を試みました。その中で最も実用的な手法は何かを見つけるためです。やがてCCD試作プロセスの改善が進み、白線、白点の数が少なくなったころ(1978)、中央研究所での開発プロジェクトは終了し工場の開発部門へと移管され、その後生産に移され、CCDを搭載したカラー・ビデオカメラとして世の中に出ていきました。 

その後、私は材料解析グループ全体の指揮をとる立場になりましたが、CCDプロジェクトで行ったシリコンの結晶評価、欠陥制御の研究成果を世に問うため、大急ぎでいくつかの学術論文を投稿し、すべて受理されました。実用化研究の中から新しいサイエンスが生まれたのです。このCCD製作プロセス開発に関連して、材料解析グループとCCD試作グループから理学博士2名、工学博士2名が誕生しました。サイエンスに立ち帰って、自分たちで考え、実行することによって、エンジニアリングにも、サイエンスにも貢献できたのは、貴重な体験となりました。当時の上司、同僚、後輩の皆さんのお蔭だと感謝しています。

皆さんは1960年代に始まったエレクトロニクス産業を中心とした中央研究所ブームをご存知でしょうか?これはアメリカのベル研究所、RCA研究所、IBMワトソン研究所などから発表される基礎研究の成果に触発されたものでした。1990年代まで続きましたが、その後は企業の経営環境が変化し、基礎研究は縮小され、大学や材料専業メーカーに頼る傾向が出てきました。これが日本の企業体質を弱くした要因の一つだと思います。企業が目指す研究は、上記CCD開発プロジェクトで見たような目標指向型であり、必要なサイエンスも実践的なものです。企業では、オリジナルでなくても必要なことはやるのだという文化があります。こういった環境にない場合は、自分の目指す研究がどんな必要性があって始めるのか、いつまでに仕上げねばならないのか、研究の目標値がすでに類似の方法で実現してはいないかを十分検討し、タイムリーに成果を出してもらいたいと思っています。誰もやっていないことは重要ですが、見込みがないとして捨てたものや時期を失したものもあります。研究は競争です。漫然とやっていたのでは、置いて行かれます。日本が再び活性化するため、サイエンティスト、エンジニアを自負する皆さんの奮闘を期待します。

 

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