スタッフから 


   センターから自宅に帰宅するため、駐車場へ歩きつつ夜空を見上げた。月が出ており、珍しく、月に暈(かさ)がかかっていた。月に暈がかかると、雨が近いと言われる。翌朝は、晴天であったが、夕刻からは雨となった。
   Webマガジンの“スタッフ”コーナー執筆の当番が今回は私に回ってきており、何を書こうかあれこれ考えていたところであった。
   『そうだ。あの時のことを書こう』と思いついた。

   2007年9月16日の夕方、私が住むアパートのある鳥栖市内は、一種、異様な雰囲気に包まれた。全天がオレンジ色に光り、ありとあらゆるものが、オレンジ色、あるいはセピア色とも形容されるような色に染まったのである。夕刻にしては妙にオレンジ色をした光が、窓を通して部屋を照らしていることに気がついた私は、携帯電話に付属されたカメラでアパートから見える周囲の様子を撮影した。
   『奇妙なこともあるものだ…』
私はとても不思議に感じた。不思議と思ったのは、その現象には、次のような特色があったか
らである。

・全天が、ほとんどグラデーションなくオレンジ色に染まっている。
・全ての地上のものがオレンジ色に染まり、影が薄い(どこを向いてもオレンジ色)。
・その時刻にしては明るく、継続時間も長く感じた。
・私の部屋は南東に面しており、西窓はないため、西日が部屋に射し込むことはない。




   『いったい、どうして、このような色に世界が染まって見えたのだろうか?』
そのときに感じた疑問は、その当時、ことさらに深く調べてみることもなく、ただ不思議な出来事のひとつとして、今まで、私の記憶の中に眠ったままになっていた。今回、Webマガジンのスタッフコーナーを書く当番になり、この現象の原因について調べ、それを紹介してみようと思ったのである。
異常な現象、特異な出来事であれば、昨今は、インターネットのブログ等の記事となっていることも多い。そこで、まずは、Webで、あれこれとキーワードを入れてサーチしてみたのである。そこで、わかったことは、
・この時の現象は、佐賀、鳥栖、福岡地方で観測されており、新聞記事にもなっていた。
・期日は異なるが、熊本地方でも同様の気象現象が観測され、テレビ報道されていた。
・東京、大阪、鹿児島地方での報告もある。
・台風の前後でたまに観測される。台風だけでなく、雷雨の場合もある。
・沖縄地方では、比較的よく観測される。
・夕方だけでなく、朝に観測されることもある。
・黄砂や砂漠の砂によっても空が不気味なオレンジ色になることがある。

(巻末に、参考としたWebサイトのURLをまとめた。著作権の問題もあるため、各々のサイトに掲載されている画像は、転載しなかった。興味のある方は、リンクをたどっていただきたい。
どのサイトの写真もとても綺麗に写っています。)

   当時の新聞記事を読むため、日曜日の午後、鳥栖市立図書館に出向き(鳥栖に在住してから、かれこれ10年近くになるが、鳥栖市立図書館に出向いたのは始めてであった)、過去の新
聞記事を探した。佐賀新聞、2007年9月17日の朝刊に、 “不思議 空がオレンジ色 台風接近で佐賀市” の見出しで、写真入りで当時の佐賀市の様子が記載されていた。以下、佐賀新聞
記事を引用させていただく。

------------------以下引用-------------------
佐賀市の空が十六日夕方、小雨が降る中、オレンジ色に染まった。
午後六時ごろから三十分近く、通常見られる夕焼けの赤色系とは違い、街がオレンジ色ですっぽり覆われた。福岡管区気象台によると、「台風接近時にたまに見られる現象で、光の屈
折加減で空全体が染まることがある」という。
------------------引用終り-------------------

   私は、新聞記事を読み、ふむふむと思いつつも、しかしながら、どうも納得できなかった。
というのも、
・何故、台風の接近時なのか?
・どのような屈折加減が生じていたのか?
・どのような雲の分布のためにそのような現象が生じたのか?
が理解できなかったからである。

   我々のセンターでは、土日など、休日に出勤した際には、その出勤分を、平日に振替えることができるようになっている。私は、2月2日火曜日の午後、過去の休日の出勤分を割り振り、福岡管区気象台を訪ねた。お天気コーナーの職員の方が親切に対応して下さり、当時の衛星画像、天気図、福岡、佐賀地方の降水量など、データを見せていただいた。衛星写真(IR:赤外線による画像)によると、福岡、佐賀地域は雲に覆われており、西海上は晴れていることがわかった。また、過去の詳細な気象データは、財団法人気象業務支援センターから入手できることも教えていただいた。

   財団法人気象業務支援センターから購入した衛星画像データを眺めつつ、『そっか、そっか、なるほど、西の海上が晴れていて、西日が上空の厚雲に射し込み、散乱あるいは反射されて、あのようなオレンジ色に染まって見えたわけか』と思った。

 念のため、鳥栖の緯度と経度をyahoo地図から、日の入り時刻(太陽の上端が水平線下に消える時刻)を国立天文台の各サイトから調べた。そして、理科年表から、鳥栖の緯度における
地球の半径等を求めた。期日は9月16日、春分が9月23日であるから、太陽はほぼ、真西に沈んだと思ってよいであろう。鳥栖区域における地球の輪切り図(断面図)を描いて、太陽の位置を書き込むことにより、“太陽光線は、あの時刻、これこれの角度で入射し、衛星画像に映るこれこれの雲の分布によって散乱、反射されることにより、鳥栖地域における全天、街全体がオレンジ色に包まれるように見えたのである”と結論したかったのである。あたかも、白い壁(全ての波長の可視光線に対して同様の反射率を持つ―合ってる?―)の小部屋に西日が射し込み、部屋全体がオレンジ色に染まって見えるように。

   しかしながら、地球断面の図を描いてみて気がついた。街がオレンジ色に包まれる現象は、ただ単に、西日が上空の雲に散乱あるいは反射されたことが原因とは説明できないのである。上記の単純なモデルは間違いであることに気付いた。というのも、2007年9月17日、国立天文台によると、鳥栖での日の入り時刻は、18時24分。私が現象を観測し、写真撮影した時刻は、18時31分から18時32分(携帯電話の時計が正しかったとして)。18時31分頃の太陽高度は、水平面下、約2度である(太陽の上端位置が、水平線の下、2度の位置にある)。携帯電話で撮影した写真からわかるように、当時の視程は5km程度、雲の高さは上空1km程度だろうか。この時刻、太陽からの直接光は、低層に立ち込める雲の底面には届かない。つまり、オレンジ色を発光させるための太陽光そのものが、地球によりさえぎられてしまい、自分が見上げる上空付近の雲の底面を叩くことができない時刻なのである。

   であるならば、ともかくも、不思議な現象は実際に起きたのだから、何か別の要因がある筈である。この場合で言えば、太陽光線を曲げて鳥栖地域まで光を通した、“何か”の存在が必要である。私は、以下のように思った。

『太陽の位置は、水平面下であり、自分が見上げる低層の雲には直接、光は届かない』
『太陽と、自分(鳥栖地域)との間には何かがあった』
『それは、雨滴に違いない』

雨滴により、光がちょうどいい按配に屈折され、そのために、水平面下の太陽光線が自分の地域まで届いた。位置関係で言うと、鳥栖地域よりも西方向約35〜40km程度離れた位置に、南北に伸びるカーテン状の降水区域が存在した筈である。つまり、全天、街全体が、ほとんどグラデーションなく、オレンジ色に包まれるように感じる現象を生じさせるためには、以下の3つの条件が必要である。

1.自分よりも経度が離れた領域における西の空は晴れている(朝の場合は東)。
――ともかくも、光が射し込む経路が必要である。――
2.自分と太陽の方面を結ぶ途中には、赤色系の光をちょうどいい案配に屈折させる程度の大きさを持った雨滴の降雨区域がある(太陽光線のうち、波長の短い青色系の色は厚い層の大気を通る間にレイリー散乱により散乱されてしまっている)。
――水平面下に沈んだ太陽光線を、自分の天上の低い位置に届かせるためには光の進路方向を曲げる必要がある。――
3.自分の周囲は、赤色系の色を等方的に散乱させる程度の大きさを持つ、“もや”、あるいは雲に覆われている。
――自分から見て、全天がオレンジ色に見えるためには、自分の目に全天からオレンジ色の光りが入ってくる必要がある。入射角度はまちまちであるから、オレンジ色の光を等方的に散乱させる物体が必要である。――

   上記の3つの条件が成立したときに初めて、自分から見ての、空全体、街全体が、ほとんど一様にオレンジ色に染まる風景が出現する筈である。この現象が“まれ”なのは、3つの条件が全て成立しないと出現しないためであり、それは、台風もしくは雷雲がもたらす雲と降水の分布、それと太陽の位置が関係するからであろう。黄砂や砂漠の砂、火山灰によっても不気味な空が出現することがあるが、この場合には、光の屈折は関係ないかもしれない。台風が接近した際に観測された不思議なオレンジ色の要因のひとつに、光の屈折があり、私の思いつきが正しいとするならば、当時の私は、オレンジの色をした虹の根元に存在していたとも言えるかもしれない。



   レーダー画像と、アメダスデータも入手しておけば、より明瞭にこの気象現象を理解できたかもしれない。
福岡管区気象台の方が述べていたように、実際のところは、このような現象は、それほど、“まれ”な現象ではないのであろうと思う。むしろ、“幻日”や“彩雲”の方が珍しいのだそうだ。また、これまでに述べたことは、まったくの定性的な“思いつき”にしか過ぎない。定量的に実証できて初めて科学的に信頼が置かれるのであるし、先人の礎の上に立つのが科学である。実際に、当時の雲や降水の分布をベースにし、光の散乱、屈折過程を考慮に入れて、計算してみないことには正確なことは何もわからない。多重散乱の効果もあるだろうし、温度差のある大気の層が出現していたのかもしれない。恐らく、気象を専門にしている方にとっては、こんな現象は、周知のあたり前のことかもしれないし、あるいは私の想像は、とんでもない見当違いで、デタラメかもしれない。もし、この記事を読まれた方が居られたら、ぜひ、指摘して欲しいと思っている。

   私は、現在、加速器グループに所属し、加速器の高度化、安定化、制御システムの更新等の仕事を担当している。たとえば、“ある加速器を構成する機器の設計をする際、どこそこの真空槽のある部分の厚みは1mmとし、その製作上の誤差は±0.1mm以内とする”などと寸法を決定したりもする。ここでいう、1mmという数字には意味があって、2mmではダメなのである。1.5mmでは望む性能がでない、あるいは正常に機能しないのである。これは、計算してみて、そう決定するのである。計算そのものは、手で行うにせよ、コンピュータにやらせるにしても、さして面白いわけではないが、実際に物が製作され、自分の予想どおりに動いたときには、やはり嬉しい。
私個人の場合で言えば、なかなか計算ができなかったり、測定データの整理に時間がかかったり、ペーパーとして仕上げるスキルに乏しく、同僚の加速器スタッフに迷惑をかけてしまうことも多く、反省しばしである。自分自身を、加速器を研究する者とは、恥ずかしくて言えたものではないのである。親からは、博士ならぬ“バカセ”と呼ばれることもある。

   最後に、加速器のコミッショニング(調整運転中)に観測した不思議な模様をした放射光の写真を紹介したい。コミッショニングの当初は、なかなかビームが蓄積されず、非常に苦労した。この写真は、ビームの状態が不安定なときに放射光の可視光成分を直接CCDカメラで撮影した写真のうちの1枚である。いったい、電子のどのような空間的あるいはエネルギー分布、周囲の電磁場の分布が写真のような、放射光の模様を生んだのであろうか。私は未だにその原因を理解していない。なにしろ、加速器を安定に稼動させることができるようになってからは、1秒間に数mAも電子ビームが蓄積リングに入射・蓄積されてしまい、こんなパターンの放射光は観測されないのである。それに、加速器を安定に動かすのが私の仕事だから、わざと不安定な状況を作り出して、様々に変化する様子をただ漫然と面白がって眺めてるだけでは仕事としては少しマズイのである―そこに物理があれば別だが―。この写真は、放射光が周囲の真空槽に散乱されて見えただけの、ただ偶然の産物だったかもしれないし、特異的に不安定な電子の分布が引き起こした現象かもしれない。

   いずれにせよ、『どうしてなんだろう?』『不思議だなぁ』と感じながら、今後も仕事を続けたいと思っている。



参考させていただいた個人のWebサイト(ブログ)

どのブログの写真も、私が携帯電話のカメラで撮影したものよりずっと綺麗です。
リンクを不愉快に思われる方が居られましたら、御一報ください。

[1] 一期一会(いちごいちかい) 「不思議な空」:2007年9月16日、福岡地方?で撮影されたオレンジ色の空模様の写真が掲載されています。
[2] くろくろレオン 「オレンジ色の空」:[1]同様に、福岡地方?で撮影されたオレンジ色の空模様の写真が掲載されています。[1][2]ともに、写真としても綺麗です。
[3] ☆メルモのつれづれ日記☆「かわった空」:2008年7月18日(観測日は7月17日?)、熊本地方で観測された同様の空模様を記事にしたブログです。
[4] 桜島と空と海の写真日記「鹿児島の台風」:2008年9月18日、鹿児島桜島付近で観測されたセピア色に染まった桜島。
[5] 芥川の辺で一人。弐「空の色がものすごく不気味なオレンジ色に」:2007年6月24日、大阪(高槻)地方で観測された不気味なオレンジ色の空。
[6] ぴゅあカイロプラクター日記 「不吉な空色」:2008年7月27日、東京五反田で観測されたワインレッドの空。
[7] おきなわぴりんぱらん 「不気味な空の色」:2009年8月6日、沖縄地方で観測されたピンク色の空模様。沖縄では台風前後にこのような不思議な空の色になることがよくあるそうです。
[8] Mark. M. Watanabeの写真館 「夕立後の不思議な空の色」:2008年7月30日、場所不明。夕立後にも不気味な空の色になることがある。
[9] バセンジー「ルビー&シュリ」の沖縄生活徒然日記 「不思議な朝とシュリの大あくび。。」:2009年12月11日、沖縄地方で、“朝”に不思議な空模様が観測されていた。
[10] 永井真理子オフィシャルブログ 「オレンジ色に染まった朝」:2009年9月23日、オーストラリア、シドニーで観測された、砂漠の砂が原因とされるオレンジ色の朝。

参考にさせていただいた団体のWebサイト
[11] 国立天文台:各地の日の出、日の入り時刻が検索できます。
[12] 気象庁:現在、過去の気象データが閲覧できます。
[13] 財団法人気象業務支援センター:過去の詳細な気象データが入手できます(有料)。

[14] 福岡管区気象台:窓口にて、当時の天気図や衛星写真、色々と親切に説明してくださいました。

 

参考にさせていただいた書籍
[15] “空の色と光の図鑑” 斉藤文一[文]、武田康男[写真]、草思社:フィリピン、ピナツボ火山噴火5ヶ月後に、千葉県流山市で撮影された不思議な色の夕暮れ写真が載っています。写真集としてもとても綺麗で、様々な空と光の風景が楽しめます。
[16] ニュートン別冊 “みるみる理解できる天気と気象”:降水雲、台風が去ったあと、夕日が降水雲に当たって輝いためずらしい光景写真が掲載されていました。

[17] “一般気象学” 第2版 小倉義光 著、東京大学出版会:気象学一般について、平易にかつ定量的に解説された大学教養課程向けの教科書です。私は、大学の教養課程で地学(あるいは地球物理だったかも)を受講するも、放棄か不可でした(中学生以来、気象について勉強した覚えがない)。オレンジ色に染まった空の現象を考えるために、気象学の入門書としてこの本を読ませていただきました。図も多く、大変にわかりやすい教科書だと思います。この書籍の中で、木村龍治 著“改定 流れの科学 自然科学からのアプローチ”、東海大学出版会が紹介されていました。なんとなく、覚えがあるなぁと思って、自宅の書棚を見たら、持っていました。高校生の頃、“渦”って不思議だなぁと思って買って読んだ本です。こんなふうに、過去の私と今の私が繋がったのも、面白いと感じました。

北九州エンデューロ

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